暗譜の理由

鍵盤音楽

 youtubeで「にのまい」さんてドラマーの方がupしている「ドラマーあるある」が凄く面白い。ドラムをやったことが無い人でも、ドラムという楽器の持つ身体性が、言われていることに対して容易に想像がつくからだ。そう、楽器っていうのは極めてフィジカルな動きを発端として作られた音楽発生装置である。吹くか(管楽器)叩くか(打楽器)擦るか(弦楽器)はじくか(撥弦楽器)。だから私は「いちすりさんく」という分類をしている。この「一擦り三く」にあてはまらないのが鍵盤楽器、すなわちイパ~ン的にピアノ、ということになる。左様、鍵盤楽器はフィジカル性とは全く、とまではいかなくとも殆ど其れから遠ざかったところで成立している、おかしな楽器だ。じゃあ何が発祥かというと、近代西洋合理主義思想という、身体に、では無く「アタマの中身(ん、中味か?)」に依拠している。「ピアニストの○○さんって凄いよね、あの人楽譜が読めないんだって。なのにピアノ弾けちゃうんだもんね」とかの会話を耳にするでしょ(てか、したことあったりするやろ?)。が、それ、鍵盤楽器の成立過程とか歴史を紐解いたら死ぬほどひどい誤解なんです。そうではない。西洋音楽が何で他の国・民族の音楽よりも圧倒的な国際性、と言えばカッコ良いが悪く言えば高次元のグローバル性を獲得出来たかの原因、それは楽曲の演奏法を図表化することに成功したからだ。早い話が楽譜の発明である。これは「演奏する」というフィジカルアクションをグラフィックによる音声ファイル化する、という事と同値だから、ここで初めて演奏者(音楽家)は自分の演奏を「視覚化」する事に成功したわけである。すると楽譜の形をした楽器がもしあれば、その奏者は他の「一擦り三く」奏者よりも遙かにリアルタイムに限りなく近いタイムラグで進行していく音楽を客観視(客観聴か?)出来ることになる。「そんな楽器があればなぁ」、という願望が具象化したもの、それが鍵盤楽器だ。だからこれ、ルネサンスムーブメントの申し子と言うことも出来るだろう。つまりピアノを弾く、という行為は無意識に読譜をしていることと全く同じなのである。読み書き出来なくとも会話出来るのと何ら変わらない。でもピンと来ない方もおられますか?では私がピアノを始めた契機を申し上げます。私には3人の姉がいた。父親はヘタの横好きもいいとこ、周囲への迷惑なんのそのでバイオリンを弾くのが趣味だった。だから彼女たちに伴奏をさせるべく、順々にピアノを習わせたのだ。一人くらい「あたしはバレエの方がいい」ってなりそうなものだが、娘たちは素直に従って三人仲良く(も実はないのだが)地元にあったヤ○ハの教室に通い出した。すると長女は結構センスが良かったのか選んだ楽器との相性が良かったのか、たちまち上達、父の伴奏どころか、その教室の弦楽器クラスの発表会ピアノを任せられるまでになった。かわいそうに、だから父の伴奏は次女と三女の役目となる。私まで回って来なくて(ホンマに)良かった。さて10歳になった頃、自分も姉たちのように弾けたらな、と何となく思うようになり彼女たちがやっているのを見よう見まねでピアノを弄り始めた。が、もちろんピアノ譜なんて読めない。姉たちの演奏を聴いて覚えて鍵盤に触って確認して、の作業をしばらく繰り返していた。がそのうち或る時「?ピアノの楽譜って水平の鍵盤をよっこらしょと縦方向に起こして図表化したモノじゃ無いかしらん?」という事に、子供ごころながら何となく気付いた。「何だそんなことだったのか。」かくして其の日を境にピアノ譜の何たるかを理解し、その瞬間彼女たちの楽譜を片っ端から譜読みして殆ど全部弾いてしまった。もっとも事実は全くの正反対、鍵盤をグラフィック化したものが楽譜なのでは無く、楽譜の形状を楽器化したのが鍵盤楽器、という訳である。ここまでで何度も言っている様に、楽器とは人間の身体と運動能力の拡張を元にして作られているから、「イチスリサンク」どれか自分に向いているものにマッチングして出会えば、そこそこ上達することが出来る。だから最初に習った楽器が上手くならなかったとしても諦めることはありませんよ。身体性を他のものにして再トライすれば、何時かは自分に向いた楽器と出会えるはずである。面白いのは、ピアノが嫌いで辞めた方はドラムに転向して上達するパターンがかなりある。(ヨ○キなんかがそうでしょ?)そして日本人、というより欧米人以外の人種が、「ピアノに向く」確率は「一擦り三く」よりずっと低いことが理解できるでしょう。日本の土壌には全く存在しない文化ですからね。だから私のようなタイプ、オカルト的に解釈せざるを得ず、前世が「ヨーロッパ人だったのかもしれない」と思ったりするのである。→てなわけねーだろ!(by 爆笑タナカ)

 しっかし前書き、長すぎるにも程があるな、今日は。お題に入らんとね。何だっけ、そうそうピアニストあるあるだった。今回は「暗譜演奏」でしたね。ピアニストにとってインタビューなんかで一番多く聞かれる質問の一つだろう。で、テキトーにあしらった曖昧な返事しかしない。この問いにちゃんと堂々と答えているのは、私の知る限り、今のところ清水和音氏のみである。NHKFMの自身の番組でゲストの女優・檀ふみに「ピアニストさんて、なぜ暗譜なさるんですか?」との問いに「だって楽譜見てたら鍵盤と手が見れないでしょ」と、即答したのだ。その通り!だが同時に、いかにも清水氏らしいフェイクでもある。彼が楽譜見ながら弾くピアニストもいることを知らぬはずがないのだから。左様、ソロリサイタルで譜面を用いるピアニスト、決してゼロではない。一番有名なのは晩年のリヒテルだが、オリ・ムネストンや、バロック系では、まあこの場合はピアノではなくチェンバロだが、見て弾く人は少なくない。が、これはこれで、その水面下は結構な事情が存在している。辛辣な評論家の中にはリヒテルの行為を否定的に捉えている者もいるが、それこそリヒテルがどんな域のピアニストかを知らない無知のさらけ出しである。彼はピアニストになりたかったが、キャリアのスタートはコレペティトールである。これはオペラやバレエの日常練習でオーケストラのパートをピアノ一人で弾く業務のこと。彼は22歳まで先生につかず独学だった。そしてとあるオペラハウスのリハーサルに忍び込み、指揮者(=指導者)の前でいきなり練習中だったオペラ曲を全部弾き通し、コレペティトールの地位を認めさせたのだ。それほどの記憶力の持ち主である。ソロ曲だって当然暗譜している。にもかかわらず晩年に楽譜を見るようになったのは、見るように「なった」と言うより「なれた」という方が正しい。譜めくり人に十分な謝礼を払えるだけのギャラがあるからである。そして譜めくりという作業、「なんや、自分は弾かんで、ただめくるだけやないか」としか聴衆からは見えないが、実は大変なスキルを要する仕事なんだよ。まず、めくるタイミングが分かっていなければならないから、譜めくり人自身も実質的に暗譜に近い状態でなければならない。めくる時は奏者の邪魔にならない立ち位置を厳守せねばならないし、奏者の音を眼ばかりでなく耳でも確認せねばならぬから、ほんの一瞬も気を抜くことは出来ない。つまり本番では弾かないだけで、自分も演奏者の曲を弾けるレベルであるのが最低限の条件なのだ。当然お小遣い程度の謝礼ではとても済まない。否、こうなるとカネの問題ですら無く、ピアニストとの信頼関係こそ重要、つまり簡単には雇うことすら出来ないのである。暗譜の本当の理由はそこにある。さらに此れが他の楽器奏者とは別の、ピアノの「早期教育必須論」の裏付けにも繋がってゆく。ピアニストが動かしているのは指だけでは無い。それ以上に「アタマ」なのだ。う~ん語り尽くせんな、じゃまた。

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