続、ピアノ弾きアル有る

鍵盤音楽

 自分が務めていた音楽専門学校は芸術分野全般の学科を持っていた。総合大学ならぬ総合芸術専門学校というわけだが、むしろデザイン学科がメインで音楽学科の方が付属の扱いである。広告制作の学科もあり、その学科の統括学長はご高齢なのに常に若々しい気質を備えており、学生にたいへん人気があった。自分もお近づきになりたいと思い、その機会を伺っていた。月イチで全学科合同の会議と称するブレーンストーミングをやる日があり、終了後のパーティーで予め暖めていた広告に関する質問をせんと先生に声をかけたのだが、「その問題はまたにして下さい。」と言われ以後、そこを退職するまでその学長と接する機会は、とうとう無かった。その時は自分があしらわれた理由が全く分からなかった。学長の秘書に尋ねたこともあるのだが、「いいえ、別に(オレ)先生に問題はございませんよ。」とのお答え。が、自分が当時の学長先生とほぼ同じ年齢になりつつある現在、かなり分かる気がするようになっている。あれは知りもしない分野に対して喜ばれそうな質問で近づいてくる様な、たかのしれた若者だ、というのを完全に見透かされていたのだ、と。世間的に平たく言えば、敬うべき方に対して「失礼な奴」「世故にあざとい奴」という事でハイ、おしまい、というもの。しかし、それならば其の様に若者をたしなめる、という応答だって方法論としてはあり得たわけだし、それによって若者も無礼の何たるかを学ぶ機会にもなった、という考え方も出来る。だが存外それは難しいことでもある、という事を同時に身に染みて感じるものである。

 まず器楽声楽ジャンルを問わず、音楽家・ミュージシャンは趣向とか評価とかを尋ねられる。で、一番多いのが「普段どんなものを聞いているんですか?」これは本当に困る。実は演奏家たち、自分のそれも含め、音楽をさほど聴いてはいない。そんな莫迦な?と思われるだろうか?だがこれ、現実だよ。すくなくとも、音楽愛好家を自称したり、趣味を「音楽鑑賞です」とされる方々よりも観賞時間は間違いなく圧倒的に少ない。こういう質問をされるようになった初期の頃は「いえ、自分の練習に忙しくて(→超マッカーサーなウソ!)あんまり聴く時間ないんですよ。」とウソうそぶいていた。が、自分以上に自分とは比較にならない活躍をされている大演奏家・音楽家が、もっと観賞していない、というのを知るに至っいる。でもこれは音楽家である以上質問されて当然だから、返答には困惑こそすれ流石に気にさわる、というものでもない。

 問題は鍵盤奏者にのみ課される質問である。そして彼の学長先生にした質問、さてはこの類いだったのか、と確信に至ったのだ。恐らく貴方もピアニストに会う度に聞いてるんじゃ無かろうか?「絶対音感ありますか?」これである。ポピュラージャンルの演奏家でこれを質問されるのはピアノ弾きだけだ。ギタリストやベーシストたちが仲間内でそれを話題にすることはあっても、質問されることはまずない。ドラマーはゼッテー無いだろ?ねえナベ、シノケン(→ウチのbandのドラマーくんたち)。その点現場を経験したことがないので、クラシックオーケストラの管弦楽奏者さんたちがされるかどうかは定かでない。ゼロでは無いだろうし、チューニングを開始するオーボエ奏者あたりはそうかも、と想像する。が、いずれにしても鍵盤奏者の比ではなかろう。絶対音感なんて自分は全く何の関心も無いのに、なぜ音楽畑から遠い人こそ興味を持つんだろ。音楽にまつわる基礎知識・すなわち知れば知るほど、尚さら音楽への理解と造形を深めてくれるキーワードは他にもっともっと沢山ある。「絶対音感」の知識などプライオリティは限りなく低い、てかハッキリ言おう、最下位だ。知っても知らずしてもプラスマイナス無しの、もはや有害無益のレベルの何者でもないコトバだ。なのに「名ピアニストは皆、絶対音感の持ち主である。」というデマカセ・ガセネタを、人は一体何故・何時植え付けられるのだろう。筒井康隆氏が何かで書いていたように「CIA」の陰謀なのだろうか。それに申し訳ないけど、これを質問する人に限って絶対音感とは何か、を理解している、なんてことは滅多にない。それでも未だ「なんでそこまで機嫌損ねるの?子供じみてるよ」「知らないのはしょうがないでしょ、そっちこそ専門家なんだから教えなさいよ、分かりやすく」と思う人がおられるであろう。じゃあこんな比較はどうだろう。皆さんが高名な物理学者の講演会を聴講した、としよう。その質疑応答コーナーで、自分は理解が出来ていないのに、「先生は相対性理論は正しいとする立場ですか」と質問しますか?あぁ、最近はいるらしいね。何となく想像がつく。これとほぼイコールです。

 今まで時間にゆとりがあれば、最低限の説明をする時もありましたが、今後は当ブログ記事をご参照下さい、ってことにします。それでも教えてちょーだい、という方。「絶対音感」というコトバが存在するならば、その反語として「相対音感」というコトバも存在する、というのを質問するための最低限の事前知識マナーとして覚えて置いて下さい。そうすれば私が「絶対音感はありません。私の場合あるのは相対音感の方です。」と答えれば、意味をご理解出来ましょう。

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