ゼロから学ぶ借金学(2)

首都圏交通事情(と言っても主に多摩地区)

 日本人の労働者の大半、それは何かしらの企業の勤め人、平たくサラリーマンと呼ばれる人たちである。彼等のアタマの中の人生観は「勤め人哲学」であり、それ以外の生き方や処世術は自然に「勤め人哲学」でドンドン上書きされて削除されていく。当然生まれた子供たちの人生も其れのみとなる。最終の上級教育機関を卒業したら就職(=勤め人開始)。もはや職業の選択肢自体が存在しないも同然だ。そういう親子が日本国民の最大多数なのは、検証不要であろう。私の父も新卒で入社した会社を転職することなく、定年まで勤めあげた最大多数労働者のうちの一人。息子に同様の人生を歩ませることに何の疑問も抱かぬ、平々凡々な父親であった。そして息子を(娘にも、だが)戒める。「借金はするな ~ 借金は『悪』である ~」と。こうして日本人は相当数の割合で「借金」とは何か、を知らぬまま人生を生き、そして終えて行く。だが、だから我々は幸せになれない。血と汗を流して働き稼いだ多くを奪われているのに異議を唱えず、否、奪われて入ることに気付きもせず日々暮らしている。気が付いたら定年を向かえ、何十年も知らなかった事実に唖然とするのみ。貴方は「借金」とは何か、本当にご存じだろうか。何をそんな当たり前のことを、と呆れるだろうか。だが、ミレニアムの2000(平成12)年からの約20年間の我が国の経済状況、その惨状は「借金」の本質について多くの国民が無知であった故に招いた現実である、というのが拙の見解である。でも全くマウント取るつもりなどございません。本当に一緒に「借金」について学んで欲しいと願うのであります。

 簿記(book keeping)には単式簿記と複式簿記の二種類がある。明治以前の日本には複式簿記は存在せず、単式簿記のみであった。単式簿記とは、収入と支出の合計の差を算出した数字を書き込んで収支を見るもの。早い話、主婦の家計簿であり子供のお小遣い帳である。複式簿記は、その起源や歴史については省略するが、主に西洋で用いられてきた会計帳簿である。資産と負債の対照表と、損失と収入の対照表の二つの決算表を作成し、それによって算出される損益がどちらも同じ金額になることを確認することで決算とする帳簿である。我々は購買行為、そう、何でも良いが¥15,500.-也のスマート体温計を買ったとしようか、その代金を支払うと、自分からお金が消える、又は失くなる、という感覚にどうしても囚われてしまう。だがこれは大きな間違い、と言う表現が言い過ぎならば、大きな錯覚である。サラリーマン家庭の親はパパもママも、子供に倹約を美徳として教え込む呪縛(トラウマ)の影響からか、子供達はお金を使うことに余りにも臆病になって育つ。確かに貴方の手から1万円札なり500円玉なりの紙幣や硬貨は消えたかもしれない。でもそれは販売者の手に貴方から移っただけであるから心配することはない、販売者のところには、ついさっきまで貴方が持っていたお金(=ここからは適宜、貨幣とも呼ぼう)はちゃんと存在している。そして貴方の手には販売者が売ってくれた商品が、これまたちゃんと存在しているではないか。つまり貴方と販売者は(本当ならば余り正しい言い方ではないんだが)、商品と貨幣を等価交換した、原始的に言うなら商品と貨幣とを物々交換した、という事でもある。売主から見れば、彼の手からは商品が消えても、購買者である貴方の手に渡った事は分かりきっているし、その証拠として売り手は、ちゃんと貴方が渡してくれた(=払ってくれた)お金を手にしている。そう、貨幣とは「売りました」という記録の役目を果たしているのである。

 では、この商行為を複式簿記の様式に則った場合、購買者(=消費者)と販売者(=小売人業者)は、どのように記録するか。ここでは取りあえず、消費者の場合について説明すると ・・・ 貸借対照表のルール、それは帳簿を左側(=借方)、右側(=貸方)の二つに分け、商行為によって増えた資産を左側(借方)、減った資産を右側(貸方)に記入する。消費者は貨幣すなわちお金を払って商品たるスマート体温計を購入した。つまりスマート体温計は貴方にとって新たに発生した資産である。然り、お金で買ったものは資産であり、その価値をお金で換算出来るもの、と考えて良い訳だ。だから増えた資産であるスマート体温計を帳簿の左側に「スマート体温計¥15,500.-」と記入する。そしてお金は自分から見れば¥15,500.-分減少した、すなわち資産が減少したので右側(=貸方)に「現金¥15,500.-」と記入すれば良い。この作業を仕分けと呼ぶ。複式簿記に慣れないうちは、商品と現金等の各アイテム(=勘定科目)を借方(=左側)と貸方(右側)のどちらに記入したら正しいのか、中々分かりずらい(てか迷いがち)。初心者向けの複式簿記の参考書や講師は、「(どっちになるかは)ある程度(勘定科目を)理屈抜きに暗記して下さい。」と、うそぶいて学習者を挫折させようとする。が、会計士を目指すとか、会社の経理部所属になった、という専門的な業務に就かないのであれば、「資産が自分に向かって入ってくるもの(この場合は体温計)は借方(=左側)、資産が自分から出て行くもの(この場合は現金)は貸方(=右側)に記入する」という程度の理解で十分である。そして右側に書かれた瞬間、それは自分にとって、資産から負債という呼び方に変換される。

 複式簿記を扱う・学ぶ機会を経ないで来られた方は、決して少なくないであろう。そういう方は、何となく、のレベルで良いから理解出来るまで、この節を読み返していただきたいと存じる。「何となくのレベル」とは、お金を使っても世の中からお金が消滅するわけでは無いという事と、複式簿記とは、自分と世間との双方でお金の流れを表しているものなんだな、という感覚に違和感を持たなくなる段階、というレベルである。そうなっていただけたら断言しよう、商業簿記3級のレベルを有している、と自信をお持ちいただきたい。

 ここまで理解出来れば、我々が日常生活でイメージしている借金の概念も少し変わって来るのではないだろうか。え、変わって来ない?うむ、またオレだけか(苦)。だって貸方と借方、ってコトバが出てくるんでっせ。これじゃあ複式簿記って、まるでサラ金業者とその債務者みたいじゃんか。でも、自分から出て行ったお金が誰かの負債になるって、やっぱり何となく自分が貸主になった気がしないでもないか。ま、良いでしょう。「誰かの資産は誰かの負債」「誰かの負債は誰かの資産」。それは流石に違和感なく理解されたであろう。ハイ、だからもう騙されるの、いい加減に止めましょうや金輪際。財務官僚を筆頭にマスコミを通じて、政治家やら大学教授やら金融アナリストやらTVコメンテイターやらお笑いタレントやらが口にする「国の借金○○兆円」ていう表現。『日本国債』という名の、日本国民から借りている貨幣でインフラ整備や社会保障を維持したりしているから、まぁ確かに借金ではあるけれど、それが=国民の資産となっているのだから、借金ではなく日本国政府の負債と呼ぶべきです。借金なんていう勘定科目は存在しないのだ。それともどなたか、「おい日本政府、アンタ方の借金、こっちが立替えてるんだから、とっとと返済せいや」っていう方おられますか?おらんよね。そんな事してもらうよりも、道路や病院や新幹線や防災ダム・防波堤などの自然災害対策設備を、国民の財産(そう、資産とは日常的には財産とイコールと思って宜しい)としてしっかり投資して整備してほしいよね。だって国民にとってゼッテー必要なものなんだから。
 借金について、もう一つの誤解されている超基本基礎基盤知識を説明したいと思う。が、これも今回述べた「誰かの資産は誰かの負債」が土台となる問題なので、次回に回したい。ではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました