音楽用語の「ウソ知識」

鍵盤音楽

 こんにちは。何故か日本人はいいから加減な音楽知識を覚えさせられる。「じゃあ他国はちゃんと教わるのかよ?」さあね、他国のことは知りません。我が国がいい加減であることを問題視していますが ・・・ そうですね、少なくとも欧米はトータルで評価したら日本よりは全然マシでしょう。でも欧米らしい自己都合的な面はカナ~リあると推測されますがね。でもそこまで風呂敷を広げてしまったら終始つかなくなるので、今回は日本国内に限定します。で、どれでも良いのだが、そうだ「バラード」。この意味は?「スローテンポのラヴソング」って思うってか、そういう使い方するでしょ、実際に。「リクエストにお応えします。お聴きになりたい曲ありますか?」「はい、ライオネル・リッチーの名作バラード、西友・蝉」「?え、もうちょっとゆっくり教えてくれますか?」「Say You,Say Me」。ブーッ!もうこれがオラは許せん(クレヨンしんちゃんの声で)。我が国は世界に名だたるピアノ王国、圧倒的な演奏技量を誇るピアノ科卒業のお姉さんたち、なんでこの忌まわしき間違いを訂正しないんですか?皆さん Maybe ショパンのバラード弾けるでしょ、てか、好きキライ関係なく練習したことあるよね、特にバライチ(澤部じゃないよ、あれはハライチ)。あれ、スローの部分もあるけど、テンポは緩急交互に変化するし、第一お師匠さんから「ラヴソングよ、この曲。」なんて、ゼッテー教わってないはず。「オヤオヤお嬢さん、『セイユーセイミー』はバラードなんかじゃあ~りませんよ。じゃあバラードって本来どんな曲なのかご存じないようですから、リクエストにお応えするよりも、本当のバラードをお届けします。お~い実稚恵ちゃん、今日のお客さんにショパンのバライチ弾いてあげて。郁代ちゃんは確か4番が得意だったね。奈緒ちゃんは 3番、暗譜で弾いてたのを youtube にアップしてたよね。じゃ、お三方、演奏ヨロシクお願いしま~す!」

 長い歴史を持つ楽曲形式である。だから確かな定義は今さら難しいのも事実だ。だが「スローテンポのラヴソング」では無い、断じて。誰がこんな勝手な出鱈目を犯したのか、そして何のために。憶測だがオイラ分かるぜ。それに何の根拠もないけど、恐らくオイラの考えは正しい。仮に間違ったとしても、そもそもバラード=スローテンポのラヴソングって言ったヤツこそが法螺吹きなんだから、オイラには罪ないよな。よろしいか、まずクラシック界(以下略称クラ)においてはバラードと言えばショパンのそれだ。その次にはブラームスが知られているが、人気という点で比べられることもないほどショパンの方が破格に愛されている。で、ショパンのそれ、彼自身が名付けたものは全部で4曲ある。類似性で分類したら、他にも「舟歌」、「幻想曲 f moll」、「夜想曲 c moll」なんかはバラードのカテゴリーとさほど違わないとも言えるけど。で、特徴はピアノによる「物語」曲だ。なので単体のピアノ曲としては非常に長大。1番は9分、2番と3番は7分前後、最後の4番は10分以上かかる。次に物語だけあって凄くドラマチックな展開になっていて、これはクラ的な専門域になってしまうけど、ソナタ形式とロンド形式っていう、クラの器楽曲独特の二つの形式を折衷させたような複雑な構成を持っている。更にショパンとしては、「スケルツォ」って曲とともにオクターブっていう、ピアノを豪華絢爛に響かせる演奏技巧を満載させてる。これはサロンでの穏やかな響きを重視した彼には珍しいことで、ショパン的というよりライバルのリスト的、って言って良いと思う。言い換えれば、彼のピアノ曲の大半がマズルカ・ワルツ・夜想曲という小曲なのに対して、明らかに大作を志向しているのだ。で、問題はじゃあどんな物語かって言うと、それにはショパン、一切答えていない。彼は自分の曲が文学的に解釈されることが大っ嫌いで、そのために半ば親友でもあったシューマンと絶交しかねない程だった。シューマンもショパンの気持ちは良く(でも無いけど)分かっていたんだが、彼をプレスアップしたいがための一念で、つい言い過ぎちゃうんだよね。でもバラード、ショパンがどんなに否定していても、今日では同郷ポーランド出身の詩人、ミケビッチの詩にインスピレーションを受けて、祖国ポーランドの栄枯盛衰の気持ちが込められているのでは、とされている。これにはオイラも同感。ね、な ~ にがLove Song だよ、てなもんよ。あ、もう一つ大事な点。4曲とも6拍子なんだ。舞曲的な雰囲気にしたかった訳ではないだろうけど、でも結果としてはそうなるよね。だから8/12拍子のスローテンポの曲を「ロッカ・バラード」って呼ぶのだけはギリだけど、之れのみ及第点にしても良いや。

 バラード。何でこんなチンケな意味にされたのか。下手人はだいだい分かる。多分レコード会社の宣伝マンだ。セールスのためプロモーションのために、テキトーな惹句を捻ったり、おかしなネーミングを付けたりするのは、まぁある程度仕方あるまい。それがお仕事なんだし、時には中々上手く聴衆に馴染んで、適切な用語になる場合もあるからね。ハービーハンコック達ウエストコーストジャズのニューウェイブ派を、日本マーケットに向けてヌーベルヴァーグじゃなくて”新主流派”って言う、敢えて訳語でプロモートしたのは見事だった。でもバラードはダメだ。ジャニス・ジョップリンとジミヘンを失ったロックシーンの直後、日本にカントリーロックを否が応でも定着させん、それには日本人ウケするウェットなスローテンポなラヴソングで、ロックでもウットリ出来るぜ、って戦略で打ち出した曲を、誤ったネーミングで形容した。それに使われたのが「バラード」。以前、音楽に卑賤あり、クラは貴なり、と炎上覚悟の宣言をした。それ、ひとつはショパンのバラードあってのこと。余りに偉大そして高貴さを備えた4曲にショパンが与えたネーミング。それを他の曲のジャンルにぞんざいに用いるのを、ショパニストは見過ごせない。音楽ジャンルの「原理主義に陥るべからず」と、日頃戒めながらも之れだけは譲れない。いや譲っちゃいけないと思う。それは寛容・許容と明らかに違う。許してしまったら、それは Desperado だ、ショパンに対して。

 アツくなってしまった。でも、このBlogを通じて最も言いたい事の一つだった。音楽用語の「ウソ知識」。まだまだある。沢山ある。許せるものも・許せぬものも。機会ある毎に今後も提起します。

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