インフラとは何か

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 こんにちは、多摩雑報です。今日もyoutube のコメ主との対話で多くのことを学ぶことが出来ました。その収穫について一つだけお伝え申し上げます。

 自分が全く自明、とか当たり前に思っていることが、自分以外の人にはそうとは限らない。この事自体が余りに当たり前で自明の事なのに何故か人は、目の当たりにそういう人と出くわすと面食らう。しかし、次の瞬間、自分のことも振り返る。何故それを「当たり前」と思っていたんだろう、何の根拠有りて也、と。

 大阪都構想、もう今日から維新寄りの呼び方を止める。住民投票日まで大阪市廃止案と記す事にしよう。拙が反対する理由は再三しつこいほど繰り返してきた。大阪市の社会インフラを外国資本の企業に譲渡するのを促進させるための「売国政策」を目論んでいるから。が ・・・ どんなに強固な賛成者でも、これは抵抗があるはず、と言うのは其れこそ思い込みである、と、ついさっき悟ったところである。「空港の営業権?それ位良いじゃないですか。別に問題ないでしょう」「水道もコンセッション方式なのでしょう?料金さえ上がらないのならば、何処の管轄であろうと一緒でしょう」「鉄道は経営手腕さえしっかりしているのならば、誰だって良いですね」 ・・・ そうか、そういうメンタルの人も一定数存在するのだ、何か悪気があるわけじゃなくて。橋下氏にしても売国奴政策というより、単に経済に対して無知なだけで、本人はムダを省いた、とか経費が節減出来た、と努力の末に善政を敷けたと思っているわけである。

 しかし一番正しいこと。それは一番報われない行動ではないだろうか。誰からも気付かれない。誰からも褒められない。むろん報酬もない。そんな事だれもやらないって?でも誰かがやらにゃあかんことって、あるでしょ。マンションの管理組合代表。これが一つの例。世に或る全てのマンション、誰かが必ず理事長とか組合長とかの肩書きで今この瞬間、働いている人がいる。でもそうだろうか。人のために何かを尽くす行為とは、それが職業的な報酬をもたらさなくとも、回り回って、結局は自分を含めたけっこうな人数に達する共同体の幸福に繋がっている、それをフィーリングでキャッチ出来る人が、潜在的にいるはずだ。いや、そういうフィーリングの持ち主が少なからずいるからこそ、貴方は何か言い難き使命感が心に芽生え、あるいは湧き起こり、地震対策や老朽化したライフラインのリフォームに奔走しておられるのではないか、インフラのメンテナンスを。宗教家やアウトロー系心理学者の言うような得たいの知れない「潜在意識」とかでなく、ちゃんと眼にみえたり聞こえたりするからこその応答ではなかろうか。

 そういった衝動とか無意識とかに近い想いを実行する。その誠実さの積み重ねは何分の一になるのか測れなくとも確かに同じ気持ちを共有している。そういう想いが、実は社会インフラの本当の礎ではなかろうか。それが有権者と被選挙者という現実世界の姿に置き換わる。だから案外まんざらでもない結果を我々は手に入れ、少しばかりの幸福をおおいに噛みしめ今日を生き切る、また明日を目指して。

 大阪市廃止案。もうどうでも良い。自己に誠実に生きさえすれば、貴方の選んだ道が開く。今は其のようには見えずとも、何時か決して遠くない将来の内に、無報酬の改革すべく、何者かが動く、貴方に幾ばくかの幸福をもたらすために、そして ・・・ 貴方も動く、誰かのために、無報酬で。それが民主主義、それが共同体、家族よりも規模が大きいだけの。それが社会インフラを築くための「心のインフラ」。勝利が見え始めています。ではまた!

  

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