音楽用語のウソ知識(3) ~ 早期教育の根拠 ~

鍵盤音楽

 こんにちは、ようこそ多摩雑報へ。本日は用語解説って言うよりも「常識」です、チョイ毒を含んだ(笑)。

 小学校のクラスには、必ず一人くらい「3才からピアノ習ってるの」という女子がいるものだ。自分の場合、1学年3クラスで、このうち2つのクラスに一人ずつ、そういう子がいた。以前、自分には3人の姉がいると述べたが、彼女達も大体そんな感じだったはずである。不思議なことに1組に3人で残りの2組はゼロ、という事がない。上手くバラけているものだ。ま、小坊のアタマでそれが作為的な結果である、何て想像力は有る訳も無いのだが。いずれも彼女たちは小学生でも高学年くらいには、ちょっとしたスター的存在になる。しかし、5年生になって初めて自発的に鍵盤に向かい、ピアノ譜の読み方が分かると1年後、6年生の頃には、彼女たちが弾いてる「子犬のワルツ」とか「幻想即興曲」、月光のフィナーレとかを自分も弾くようになってから、「ん、何かおかしくね?」、と子供心にアヤしさを思わずにはおれなくなってきた。

 小学校の高学年で吹奏楽部を持つ小学校もある。が、中学校からの部活が一般的だろう。つまり12、13歳で初めて管楽器を始めるわけだが、驚く勿れドンドン上達し、3年生には堂々と大会に出場するほどの腕前になる者は何人もいる。が、それより上達著しいのは、エレキギターを弾き出したロック中坊たちだ。ギターを手にしてからほんの半年くらいで、古典的なロックの名曲を殆ど弾きこなしてしまうし、イッパシのロックバンドでライブハウスに出演したりする。比べてピアノはどうだ。なんで3歳から始めにゃいかんのだ。日本人にとって、鍵盤楽器が習得しにくい楽器である理由も以前に述べたことがある。が、幾ら何でも効率、悪過ぎではないか。で、ひとつの真実に突き当たった。ピアノの早期教育の根拠、それは演奏技術習得の為ではない、という事。では何のため?

 それは間もなく、自身が悟ることとなった。弾きたい曲のレコードをかけ、楽譜を見ながら鑑賞する。すると、すぐに弾けるようにはならぬも、ほぼ一回の鑑賞で音楽がアタマに入る。いわゆる「暗譜出来た」という状態だ。だから練習の際には楽譜は不要、見ることはない。こうしてレパートリーは加速度的に増えていったのだが、間もなく17歳になろうかという高2のある日、その記憶力が突然利かなくなったのだ。その曲はハッキリ覚えている。フランクのバイオリンソナタのフィナーレである。音楽の流れは確実にアタマに入っているのだが、いざ譜面を眺めても音符が定着してくれず、曲の覚えがそれまでの3倍はかかるようになってしまった。そして以来、二度と一回の鑑賞で暗譜する、という記憶力が蘇ることはなく、今日に至っている。これは追々、作曲作法や指揮法の時に別途言及することにするが、ピアノの楽譜とは、その複雑さに於いて他の楽器の比ではないのである。そしてレパートリーの膨大さも。少しでも若い内から覚えないと、暗譜仕切れないのだ。それが早期教育の本当の利点であり目的である。楽譜を読み込みながら、何とか曲を通しで弾く過程を「譜読み」と呼びます。これは明確に賞味期限がある、というのは同時に色々と読みあさっていたピアノ文献でも、明確に記されていたことであった。

 しかし、自分なりの暗譜法は、例え弾けるようになった曲が乏しくとも、その後の音楽活動に於いては、計り知れぬメリットをもたらしてくれたのも確かである。早期教育。それはピアニストになるための必要十分条件ではない。では何の為?音楽家になるための、である。え、「一クラスに一人の作為は?」って?あはは、忘れてた、ゴメンね。その内どこかで言及しましょ、お楽しみに!

コメント

タイトルとURLをコピーしました