ピアニストがバラける、超常現象の解明

鍵盤音楽

 こんにちは、多摩雑報です。今日は前回の宿題である、「何故一クラスにピアノ奏者が一人」のネタバラします。これ、バラしちゃって良いのか悪いのか分かりません。が、どう考えても別に被害に会う人など有りようも無いので、思い切ってゲロっちゃいます。

 妻は音大に現役入学した年、御歳(おんとし)若干19歳でピアノ指導者を始めている。以来数十年を経ているので、教え子の子供が生徒さん、という事が起き出している。間もなくお孫さんも、という子も現れるだろう。偉大なる漫画家、故・手塚治虫氏は『リボンの騎士』の読者から「娘がものごころ付く年齢になったので、母娘で一緒に読んでいます。」なるファンレターを貰って「感無量です、月日は流れるものですね。」、と述べていた。「ユーもそうやろ? 」と、冷かし気味に言ったら、「そうとは限らないわよ。」と、意外な返事。ピアノ教師にとっての生徒の有り難みは、それよりも「デキ」が左右する、と。ま、当然だよな。それでも卒業式の「あおげば尊し」伴奏とか、学芸会でピアノ担当任命されたりする子とか、何人も輩出してきただろうから、それなりに名誉な仕事だと思う。

 で、事は「教え子」の娘が中二の時に発生する。何とクラス対抗の合唱祭で、音楽の先生からピアノ伴奏を任命された、というのだ。「だからね、そりゃピアノの先生として嬉しくなくはないけれど、それよか何倍もハラハラするの。失敗したら私のせいでしょ。」なーるほど、そりゃそーだ。プロアマ・クラジャズ・ヘタウマ問わず、何が起こるか訳ワカメが、ピアノ演奏の「本番」とスパイとの共通点だ。あれ、でも何故M子にお声かかったんだ?「M子ちゃんて、すげーシャイだからピアノ習ってるの、友達とかに黙ってるじゃん。発表会に来るの、ご家族だけやし。」「でしょ。私もおかしいと思ったから、M子のママ(=イニシエの教え子)に尋ねてみたのよ。そしたら ・・・ 」ゲゲッ、そういうことだったんか、アレ。「アレ」とは他でもない、拙が小坊の年長たる6年生になった、ある日の出来事なのだ。

 これからの話は、どうしても拙の自慢系になってしまう。が、述べている本人に全く、と言ったら流石にそれはそれでウソ八百であるが、まあ、多少の自慢系は認めつつ、でも、あくまで事実のフラッシュバック伝と思っていただきたい。5年生に上がってから殆ど独学でピアノを弾き出し、1年後には、家にある姉たちのピアノ譜は殆ど全部、暗譜で弾けるようになっていた。またアニソンも全部ハ長調もしくはイ短調で、であるが、右手で歌メロ、左手で手探りながらドミソ・ドファラ・ソシレファの三和音を付けて弾き遊び出来るくらいにはなっていた。今にして思うに、何でそんなに夢中になれたのか、良く覚えていない。が、たまたま実父が買っていたクラシック月刊誌「音楽の友」に掲載された、中国人ピアニスト・フォー・ツォンのインタビュー記事を読んで、いたく感化されたのは確かである。彼は一旦6歳くらいで上海オケの指揮者にピアノを習ったが、教え方に疑問を持ち、作曲をやりだして、ピアノの練習は1年ぐらいで止めてしまった。ところが17歳になったとき、「おまえはピアノ弾いたことあるよな?」と、オーケストラの友人に促され、数ヶ月の練習で皇帝を演奏、その後1年間、猛烈な晩学で翌年のショパンコンクールで3位入賞を果たした。というのだ。「なんだ、オイラ正しいじゃん。今12才だから、楽勝でフォー・ツォンになれるな。」と、無謀な妄想に胸を膨らませてたんだろう。アホか!

 閑話休題。ある日の放課後、音楽のオバティから「オレくんは確かピアノ弾けるよね、習ってるでしょ。明日の放課後、音楽に来なさい。」と、声を掛けられた。(弾けるけど習ってはいないよ。だから行かない。) そう言いたかったが、言えなかった。何故なら小坊だからだ。男子とは小坊から中坊までは中二病というコトバ通り、世の人種の中でアホの最たる者たちなのは、人類の歴史が証明している。言い返せなかったから翌日の放課後、音楽室に向かうことになる。そこには、全3クラスのピアノを習っている子たちが集まっていた。男子は自分だけである。順番に1曲づつ弾かされた。3歳から習ってる子たちは、友達に囲まれると幻想即興曲や悲愴ソナタの第1楽章とかを、得意げに弾いてみせてるのに、なぜか此の日はモーツァルトのソナタや、バッハのインベンションくらいだったのが非常に不思議だし、違和感を覚えた。自分が弾いたのは楽しき農夫だから(註)、大差ないじゃん。で、やむなく終了。

「はい、みんなどうもありがとう。じゃあ○○子ちゃんに学芸会のピアノを担当してもらいます、よろしくね。」そういうことだったんか。なぁ~んだ。だったらヤッパリ来なきゃ良かった。何故って、自分が人前でピアノを弾くことは絶対にあり得なかったからだ。理由は年子の姉に殴られるからである。人前でピアノを弾くと殴られる、とは理不尽にもほどがあるのだが、本気で殴られるのだから仕方無い。

「思い出した、そういうことがあったよ。もち、ユーも?」「覚えていないわ。けど、多分あったんでしょうね。」もうお分かりであろう。「学芸会で ・・・ 」というのは体裁である、と。ピアノを習っている子供達の習熟度をチェックし、来るべく(地元の区立)中学のクラス編成に於いて、合唱祭で必ず伴奏者を務められる子をバラけさせるためのテストだったのだ。何やそれ。売国奴政治したいがために「二重行政解消」とかうそぶいて「大阪廃止案」のゴリ押しア○メ目論んだ、維新の連中みたいやないか、学校って。そういう事だったんか!なるほど思い当たることが多々あった。中一の最初の音楽の授業で、これは結構ハイレベルの有能な男性教師だったが、音楽担当の先生から「オレくんはピアノ弾けるんだよね。」と、イキナリ言われたのである。ウ ~ ン、それ知っていたら、あの時もっと練習しといて、見栄張った曲やっとけば良かったな。彼女達でも弾いてない曲、けっこうあったんだし。同時に、日本のピアノ教育及び評価法が、超減点主義に基づくものというのも痛感した。彼女たちだって、もっとムズい曲を披露したかったはずだ。

 因みに、中学校では別の小学校からのピアノ学習者が、自分のところよりも何人か多いばかりか、腕前もずっと達者だった。「井の中の蛙」という諺の意味をいやっちゅうほど実感した。以上、ミステリーのねたバラでござんした。ではまた!

註.勿論R.シューマンの「楽しき農夫」です。全く同名のピアノ曲がメンデルスゾーンにありますが、そっちではありません。

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