京王散策(2) ~ 京王稲田堤駅の特急停車

首都圏交通事情(と言っても主に多摩地区)

 こんにちは、多摩雑報です。前回、改軌問題を論じたら、思わぬ方向への流れが出来てしまった。これ、断じて意識した結果じゃあ有馬温泉(くだらねー)。京王と似た性格を持つ政党。それについて言及する羽目になるとは、筆者自身が驚きです。

 1997年から約3年間、筆者は稲田堤に住んでいた。彼の地を選んだには明確な理由がある。ここはJR南武線と京王相模原線の、2つの路線を利用出来るという利便があったからだ。より具体的には新宿とその先の都市方面&川崎橫浜方面にアクセス出来るということである。当時、京王線は1992年のダイヤ改正で初めて相模原線の特急運転を開始、それを結構なセールスポイントにしていた。それまでは新宿⇔多摩センター間の最短所要時間である快速の35分を30分と、大幅に時短化したのである。

 が、この特急、調布を出ると次は多摩センターまでノンストップである。多摩センターでは先行の快速(註1.)に接続乗り換え出来るとはいえ、流石に閑古鳥の鳴く乗車率だった。すると稲田堤商店街を票田としている男性の共産党市議が、「京王電鉄へ京王稲田堤駅の特急停車要請へ乗り込もう。」と、同駅の利用者達に呼び掛けたのだ。随分前のことにて、その市議名や関わった人物の名前は全く覚えていない。が、内容的にはさほど間違っていないと思うので、その時の流れを述べると ・・・

 当時勤めていた市ヶ谷に事務所を構える会社から帰宅して、部屋でゴロゴロしていたら、電話が鳴った。既に携帯電話を持ってはいたが、まだまだ固定電話が主流の時代である。電話は若い女性の声だった。

「○□△病院で看護師をしております、αβと申します。地元共産党市議のγΔ先生と一緒に、京王線へ京王稲田堤駅を特急停車駅にするよう、京王電鉄本部へ申し入れに行きます。ご支援ご賛同をお願いします。」と言う。「何故ですか?」「だって便利になるじゃないですか」「稲田堤駅の乗降客数が何人で、京王電鉄で第何位ですか?」「それは知りません。」

 当時の稲田堤の実情を知る者として、これは呆れた内容なのである。京王相模原線は多摩ニュータウンのアクセス線として建設された。当然新しい路線である。だからずっと長い歴史を持つ南武線に対して、将来的には乗り換え駅に出来る構造で京王稲田堤駅は作られた。しかし交差しているとはいえ、両者は約300m ほど離れており、一般的な乗り換え駅にするには、南武線を京王線側に移設しなければならない。JR(東日本)としても、それは望ましいことだった。が、地元の商店街が商圏への影響を懸念し、駅の移設には反対していたのである。これだけでも「住民エゴじゃないか」という見方をする人も少なくないだろう。筆者も若い時分はそう思ったものだ(註2.)。が、だからと言って自治体の都市計画事業でもないから、商店街の皆さん達を責めることでも無い。問題はここからだ。ならば京王電鉄と商店街側とで、「特急停車と駅の移設をバーターする」という交渉の余地はあったはずだ。

「京王稲田堤の乗降客数は、特急停車に値する人数に達してはいませんよ。確かに南武線との乗り換えは可能ですが、地元商店街の(南武線)稲田堤駅移転の了解を取り付けた上での停車要請でないと、単なる地域エゴでしょう。そういう検討はされていますか?」「いいえ。」「それでは全然同意出来ません。」

 彼女から共産党γΔ先生とやらの連絡を聞き出し、翌日に電話してみた。「もしもし、稲田堤在住のオイラと申します。」と、特急停車を要請するならば、バーターの交渉をするのが筋ではないか、と伝えるとγΔ先生、「(共産党の)支持者に負担は課したくない。」「じゃあ、駅の移設は認めない、だが特急は止めろ、というのが京王への要望ですか?」と問い返すと「左様。」と言う。へぇ~。

 これで共産党がなぜ、多数の候補者を出しながら ~ その資金、何処から引っ張って来るんだろう ~ 議席を確保出来ない理由の一つを理解した。すなわち、人からの要求には応じないが、自分たちの要望は問答無用で応じるべし、というのが彼等の法則なのだ。ハッキリ言わせていただく。サイテーだ。全うな市民感覚では無い。日本人の戦後モラル低下は常に言われることだが、義務を果たさずして権利の獲得に血眼になるような日本人、これはどの時代でも少数派だ。

 これが共産党という政党の指針である。確かに自民党は腐敗政党だ。が、与党という立場から、メディアからは相応に監視されるゆえ、それなりのネゴシエーションぐらいはして見せるものだ、たとえポーズだったとしても。義務は怠り権利は主張。間違っても、そんな人格にはなりたくない。泥棒や詐欺師の方がマシだ。彼等には、失敗したら法の裁きが待っている。

 その後の経緯を記しておこう。2001年春のダイヤ改正で、京王は相模原線の特急を廃止、新たに急行を設定して、京王稲田堤は停車駅となった。さらに2013年の改正では特急が復活するが、これは2001年の急行停車駅と同じ停車駅設定としたため、稲田堤は遂に特急停車駅に昇格する。が、未だに京王と南武線との乗り換えは離れたままで、利用客に不便を強いているのは変わらない。しかもJR東日本は移設に全く言及することなく、とうとう稲田堤駅の全面的改良工事を開始した。もう両駅が歩み寄る可能性は永久にゼロ%となったのである。

 京王電鉄と共産党。もう一度、共通点を刻んでおこう。「義務果たさずの権利主張

(註1.)快速といっても、実際は各停である。1991年までは通過駅があったが、特急の登場で相模原線内は全駅に停車するようになった。

(註2.)近年は、「都市計画」とか「道路予定地」だから一方的に立ち退け、というのもどうか、という考えになっている。自治体の土木計画自体に杜撰なものが多い、ということが分かってきたからでもある。

 

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