京王散策(3) 聖蹟桜ヶ丘に特急を停める理由(イイワケ)

首都圏交通事情(と言っても主に多摩地区)

 こんにちには、多摩雑報です。毎度のご閲寄り、真にありがとうございます。今日は京王お得意の「言い訳」についてご紹介しましょう。これ、結局は単にウソをついているに過ぎません。例えば職場や学校に遅刻した時、本当は寝過ごしでも「朝起きたらちょっと体調悪くて ・・・」みたいな事、まぁ誰でもするものですが、京王はこれ、悪びれることが無い。悪びれないのならば、別に本当の理由を言えば良いのに、それは絶対、自分からはゲロらない。だから吐かせるべく、こっちも雪隠詰めせざるを得なくなる。特に白々しい説を一つ。例としては一つなんですが、派生パターンも合わせて論じる事が出来そうです。題して「聖蹟桜ヶ丘に特急を停める理由(イイワケ)」+

 鉄道の専門誌は幾つか存在しているが「鉄道ファン(以下略称ファン)」・「鉄道ジャーナル(以下略称ジャーナル)」・「鉄道ピクトリアル(以下略称鉄ピク)」の3誌が代表的なものである。大変に関心するのは、同じ鉄道を扱いながらも、3誌とも誌面作りが大きく異なっていることである。そしてまぁ、これは非常にユル ~ い括りであるが「ジャーナル」がビギナーも対象とする、ファンは一般的、そして鉄ピクが上級者向け、という傾向を呈している。しかし私見では前2誌に比して鉄ピクは上級、というよりアカデミックな格調高さを持っていると思う。非常に詳しい論文が掲載されるのだ。つまり資料としての価値がとても高いのである。で、多くの読者が鉄ピクに感じるのは、非常に京王をご贔屓にしている、ということだ。それが編集方針なのか、編集員の中に熱心な京王ファンがいるのかは不明である。多分両方なのであろう。が、流石は月刊誌だけあって、不確かな京王礼賛をすることは無い。雑誌としての矜恃を失わないのである。

 一方、ネットの落書き掲示板である現5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)は、趣味カテゴリーに鉄道があり、結構沢山のスレッドが立ち上がっている。5ちゃんねるだから当然のごとく、この鉄道掲示板スレッドにも多数の不愉快カキコ工作員が張り付いており、多くのスレは本当に読むのに骨が折れる。が、幾つかある京王電鉄のスレッドに張り付いている工作員の中に、確実に京王電鉄の社員やかなり経営中枢の人脈に繋がる人物が存在する。しかも決してその数は少なくない。次期ダイヤ改正の改正点を殆ど事前に書き込まれることが多々あるからだ。また、明らかに誤誘導を謀っているコメも良く投稿される。

 今回取りあげる「聖蹟桜ヶ丘」は誤誘導の例である。京王電鉄が20分ヘッドによる新宿 ⇔ 京王(or東)八王子間の特急運転を開始したのは、1963年のことであった。この年、京王は新宿駅の地下駅が完成、更に電圧を路面電車時代の600Vから1500Vへ昇格というインフラが整い、晴れての特急運行が可能となったのである。途中の停車駅とその起点距離は、新宿を出ると明大前(5.2㎞)、調布(15.5㎞)、府中(21.9㎞)、聖蹟桜ヶ丘(以下略称桜ヶ丘/26.3㎞)、高幡不動(29.7㎞) の5駅であった(八王子は37.9km)。これは2015年9月の改正まで、実に52年も変わらなかった。が、特急停車駅の選定については半世紀以上もの間、常に疑問視されていた駅がある。桜ヶ丘だ。明大前は井の頭線との乗換駅、調布は多摩川線との分岐駅、府中は(当時の)多摩の中心都市の一つであり、高幡不動は動物園線の分岐に加え、車両基地と工場を備えている。つまり4駅は十分な停車駅に選ばれるべき正当な根拠を持っている。が、桜ヶ丘は、?というわけである。まず他線との接点が無い。なにより乗降客数は(963年当時)中位以下である。それだけでは無い。各駅間距離を比べると、新宿 ⇔ 明大前 5.2㎞、明大前 ⇔ 調布 10.3㎞、調布 ⇔ 府中 6.4㎞、府中 ⇔ 桜ヶ丘 4.4㎞、桜ヶ丘 ⇔ 高幡不動 3.4㎞、高幡不動 ⇔ 八王子 8.2㎞ と、桜ヶ丘を挟んだ前後だけが非常に短距離である。当然のことながら、桜ヶ丘よりも乗降客数の多い駅利用者の苦情が殺到した。

 桜ヶ丘の特急停車理由は非常に単純明快なものである。「自社開発分譲地だから。」 それだけである。だったらそう言えば良いだけの事ではないか。が、そうは絶対に口が裂けても言わないのが、京王の小狡いところである。何と言い訳したか。

 京王からの返答。其れを未だに5ちゃんねるに書き込む工作員がいる。「地図を見ろや。明大前は世田谷区、調布は調布市、府中は府中市、桜ヶ丘は(南多摩郡)多摩町(註)、高幡不動は日野市、つまり、一自治体に一駅というルールを特急停車駅に適用しているんだよ、よく考えてるんだぜ、トーシローがモンスタークレームすんな!」と言うのだ。先ほど鉄ピクは京王贔屓であることを述べた。それがどれほどのものかを示す、確かな軌跡が同社には有る。西暦一ケタ目が3の年に、必ず京王電鉄特集の別冊を刊行しているのである。恐らく特急運転開始年にあやかっているのであろう。1963年、1973年、1983年、1993年、2003年、2014年と非常に律儀な刊行だ。2013年ではないのは、多分2011年の東日本大震災の影響と思われる。筆者はこれらに掲載されている記事と論文の全てを読み込んだ。また調布市内の図書館には京王のコーナーがあり、京王が発刊した社史にも全て眼を通してみた。

 結果。「一自治体一駅ルール」など、何処にも書かれてはいない。逆に社史や鉄ピクには「京王(不動産)が開発した町という特別な位置付けの駅とした」という具合の記述は複数箇所見つけることが出来る。ここからは憶測だが、多分100%当たっているはずだ。恐らく一自治体一駅ルールが、それなりに苦情をかわせたのだろう。だから工作員兼務の社員に、未だに投稿させているのだ、と。何故そう考えられるか。次回にて述べよう。

註.特急運転開始から7年後の1970年(昭和45)、多摩町は多摩市に昇格する。

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