京王散策(5) え、何故つつじヶ丘に急行が?

首都圏交通事情(と言っても主に多摩地区)

 こんにちは、多摩雑報です。前回の予告通り、京王電鉄京王線のつつじヶ丘駅が1992年のダイヤ改正で、それまで快速停車駅だったのが急行停車駅に昇格した経緯と背景について語りたいと思います。そのための事前知識を一点ご案内します。鉄道ダイヤの利便性を計る尺度として、「平均時間損失」という数値化があります。これは乗車時間に平均的な列車の待ち時間をプラスしたものです。単純な一例を示しましょう。A駅からB駅の所要時間が15分で、1時間当たりの本数が4本だとします。4/1h という事は、1h = 60分、60 ÷ 4 = 15 で、15分毎の発車となり、間隔が15分ということは平均的な列車の待ち時間を、その半分と仮定します。よって、15 ÷ 2 = 7.5(分) 、15分 + 7.5分 = 22.5分が平均時間損失となります。川島令三氏をはじめ鉄道研究の専門家は、ダイヤの利便性を検討する上で、平均時間損失を土台にすべし、と鉄道会社に説いています。が、鉄道会社は明らかにそれを嫌がっています。特に京王は平均時間損失の指摘を全く受付けない。これは筆者が何度もダイヤ作成担当部署(註1)とやり取りして知ったものです。理由は単純明快。平均時間損失は鉄道会社のインフラ投資の状態を、けっこう露呈するものだからです。

 新宿起点12.5㎞ のつつじヶ丘と15.5㎞ となる調布の3.0㎞ の間に柴崎・国領・布田と、3つの各停駅がある。どれも一駅の区間が1㎞未満の極めて駅間が短距離であることがお分かりいただけよう。1971年の春期から1992年の20年余、これら3駅の対新宿への有効運転本数は1時間当たり僅か3本であった。60 ÷ 3 で20分間隔である。つつじヶ丘と柴崎は0.8㎞、すなわち800mだから柴崎は新宿起点で13.3㎞である。ターミナルからたかだか10キロちょいなのに、たった3本しか無い。先ほど「有効」と記した通り、各停自体は6本、つまり10分毎に来ることにはなっている。が、3本は「有効」ではないのだ。柴崎から新宿へ行く場合、各停に乗ったらすぐ隣のつつじヶ丘で快速の待ち合わせとなる。各停がつつじヶ丘に着いてから快速が発車するまでが約2分、柴崎 → つつじヶ丘の走行時間が 1.5分、そして当時の快速は非常に速く、つつじヶ丘 → 新宿を16.5分で走行したので、合計の所要時間は 20分ジャストであった。これが20分間隔。もう一つの各停はつつじヶ丘で急行を、更にその先の桜上水で特急を待避し、優等列車に2度も抜かれながら乗り継ぎすることは出来ず、待避なしの標準走行時分25分に対して30分を要し、もう一つの各停で乗り継いだ快速の1分前の到着なので、乗車の意味をなさないのである。都心部ターミナルから、こんな近距離なのに20分間隔、というのは当時も今も他の路線には存在したためしが無い。しかも、休日は臨時の競馬急行が続行となるため、所要時間は更に伸びるのだ。余りにひどい現状に、京王へは何度も改善を申し入れた。しかもつつじヶ丘を通過する急行は、先行の各停の尻を追いかけての状態のため、5.5㎞ 先の待避駅である桜上水まで徐行運転なのである。

 「別につつじヶ丘に急行を停めろ、とは申しません。が、抜かれる順番を特急と急行とで入れ替えて、つつじヶ丘では特急通過待ちでも桜上水で急行乗換えが出来るようにするか、どうせ急行はずっと徐行運転なのだから、つつじヶ丘ではなく八幡山(新宿起点8.4㎞/註2)で抜けば、烏山で急行に乗換えられる。どちらかにすべきです。」というのが当方の要望内容である。ところが京王、何をわざわざクレーマー対策と勘違いしたのか、と思わんばかりの改訂を1992年に行う。何とつつじヶ丘を急行停車駅に昇格したのだ。先に当方が示したやり方をすれば、停車駅など増やさなくとも良いのに、である。つまり前回取りあげた新線の初台・幡ヶ谷急行停車と同じく、カネをかけない方法を選んだのだ。どういうことか。快速が地下鉄直通仕様のため、急行とは運用を共有出来ないからである。

「ん、じゃあ急行も地下鉄仕様にすれば良いじゃん。」ハイ、仰せの通り。が、それには信号設備などの車両改造が必要になる。その費用を出さないで済む方法を取りたかった、その結果が「つつじヶ丘急行停車」なのである。そして急行停車駅昇格に際して、「同駅からの要望に応じて」と、広報誌で伝えているのだ。つつじヶ丘の乗降客数が(当時の)急行駅としては心もとない事など、利用者自身が一番分かっていることである。だから絶対にその要求だけはするまい、と、ダイヤを検証していたのに、である。お陰で他の駅利用者から、「つつじヶ丘は優遇され過ぎ」と憎まれることになってしまう。驚く勿れ、それは30年近く経った現在でも目の敵にしている方々がおられるのだ。特に聖蹟桜ヶ丘在住と思われる、blog主名を稲美と名乗っている方は、京王コメント部屋というサイトのコメ欄で散々つつじヶ丘の降格を唱えておられる。

 ではこれでつつじヶ丘・柴崎・国領・布田の利用者は便利になったのだろうか。まぁ、つつじヶ丘は昇格したから利用しやすくはなった。が、柴崎・國領・布田は逆。もっと酷い通過難民にされてしまったのである。次回、その経緯と実態について述べよう。ここで平均時間損失の概念が実態を明らかにしてくれるはずである。

註1) 運行ダイヤの作成は鉄道会社の場合、一般的に営業部運行課と呼ばれるようである。

註2) 八幡山は当初2面3線という旧国鉄型の、京王には非常に珍しいタイプの形状だった。この配線だと追越しは上下のどちらかとなって、同時には出来ない。が、1992年に駅を改造、それ以降は1面外側4線の、いわゆる新幹線三島型となり、上下同時の追越しが可能になっている。

 

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